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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)80号 判決 1979年5月10日

原告 山田耕司 ほか四名

被告 四谷税務署長

代理人 岩田栄一 ほか二名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告が昭和四八年六月一六日付で原告ら及び亡山田きみの相続税についてした各更正及び過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二原告らの請求原因

一1  山田不二雄(以下「不二雄」という。)は昭和四六年一月二四日死亡し、原告ら及び亡山田きみ(以下「きみ」という。)が不二雄の相続人となつた。

2  右相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、原告ら及びきみが昭和四六年七月二三日付でした各申告(以下「本件各申告」という。)、これに対して被告が昭和四八年六月一六日付でした各更正(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各決定」という。)の経緯は、別表記載のとおりである。

二  しかしながら、本件各更正はいずれも原告ら及びきみの本件各申告に係る債務控除額を否認し、もつて相続税の課税価格を過大に認定したもので違法である。したがつて、右違法な本件各更正を前提としてされた本件各決定も違法である。

三  きみは昭和五一年五月一〇日死亡し、原告らが同人の相続人となつた。

四  よつて、原告らは本件各更正及び各決定の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する認否

請求原因一及び三の各事実は認める。

請求原因二のうち、本件各更正がいずれも原告ら及びきみの本件各申告に係る債務控除額を否認したことは認めるが、その主張は争う。

二  被告の主張

1  原告ら及びきみの本件各申告に係る債務控除額の合計額二八五〇万円の内訳は、東京産業信用金庫渋谷支店(以下「東京産業信用金庫」という。)からの借入金一五〇〇万円及び一五〇万円、商工組合中央金庫川崎支店(以下「商工組合中央金庫」という。)からの借入金四〇〇万円並びに川崎中小企業信用組合(以下右三金融機関を合わせて「東京産業信用金庫等」という。)からの借入金八〇〇万円である。

2  しかしながら、右各借入金は、不二雄の長男である原告山田が設立当初から代表取締役となつていた株式会社東特鋼(以下「東特鋼」という。)と東京産業信用金庫等との間の手形貸付、手形割引、証書貸付等の継続的金融取引によつて東特鋼が負担する債務をさすものであり、不二雄は、原告山田及びきみらと共に東特鋼が負担する債務を担保するため、その所有に係る土地、建物に根抵当権を設定すると共に、連帯保証人となり連帯保証債務を負担していたものである(したがつて、右各借入金額は、右根抵当権の元本極度額であつて、本件相続開始時における現実の債務額ではない。)。

3  右に述べたとおり、不二雄は連帯保証債務を負担しているに過ぎないから、その性質上原則として債務控除の対象とならないものである。ただし、主債務者である東特鋼が弁済不能の状態にあるため、不二雄ら連帯保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ東特鋼に求償して返還を受ける見込みがない場合には、東特鋼が弁済不能の部分の金額のうち不二雄の負担部分に相当する金額については、「確実と認められる」(相続税法第一四条第一項)債務に当たるから、債務控除の対象となり得る。

しかしながら、本件相続開始時において、東特鋼は債務超過の状態にはあつたが、東京産業信用金庫等との間の金融取引は融資及び債務弁済が継続して行われており、東特鋼に事業の閉鎖等の事態が生じたり、強制執行や会社更生等の申立てがされたりしたことはなかつたから、東特鋼が弁済不能の状態、債権(求償権)回収不能の状態にあつたとはいえない。したがつて、前記各借入金に係る不二雄の連帯保証債務は、債務控除の対象とならないものである。

4  以上の次第であるから、本件各申告に係る債務控除額を否認してした本件各更正に違法はない。したがつて、本件各更正を前提としてした本件各決定にも違法はない。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張1の事実は認める。

被告の主張2のうち、原告山田が東特鋼の代表取締役になつていたことは認める。

被告の主張3のうち、本件相続開始時において東特鋼が債務超過の状態にあつたこと及び東特鋼に事業の閉鎖等の事態が生じたり、強制執行や会社更生等の申立てがされたりしたことはなかつたことは認めるが、その主張は争う。

被告の主張4は争う。

二  原告らの反論

1  東京産業信用金庫等との金融取引において、形式的には東特鋼が債務者に、不二雄が連帯保証人になつているが、実質上の債務者は不二雄である。

すなわち、東特鋼は実質上不二雄が主宰していたものであり、原告山田は形式的に代表取締役になつていたに過ぎないものであり、右金融取引の当初不二雄が主債務者であつたものを、東特鋼の設立に伴い、不二雄の経営していた個人事業に係る一切の債権債務を東特鋼に引き継ぐこととし、東特鋼を主債務者に、不二雄を連帯保証人に差し換えたものである。そして、東特鋼は、不二雄から引き継いだ債務に見合う金員を社長貸付金(不二雄に対する債権)として計上したが、その実質は不二雄の東京産業信用金庫等に対する債務を意味するものである。

2  右金融取引における主債務者が東特鋼であるとしても、不二雄が負担する連帯保証債務は債務控除されるべき債務である。

すなわち、右金融取引における債務について、不二雄は少なくとも右社長貸付金(本件相続開始時において一七七八万三八一四円)の限度において実質的負担者である。仮にそうでないとしても、右金融取引において、不二雄と東特鋼とは純粋な連帯債務を負担するものであり、その負担部分は判然としないものである。そして、本件相続開始時における東特鋼の経営状態は、資本金二〇〇万円に対し繰越欠損金がその約一〇倍の一九二七万円に達しているものであり、実質的に弁済不能の状態にあつた。したがつて、不二雄が負担する連帯保証債務は債務控除の対象とすべき債務に該当する。

第五証拠関係 <略>

理由

一  請求原因一及び三並びに被告の主張1の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告ら及びきみの本件各申告に係る債務控除額を否認した本件各更正が違法であるかどうかについて判断する。

1  <証拠略>を合わせると、次の事実を認めることができる。

(一)  不二雄は、東京産業信用金庫と東特鋼との間の昭和三六年九月二二日付手形割引、継続的貸付各契約(当初の債務者は東京特殊鋼製作所であつたが、同三八年二月二七日付債務者変更契約により東特鋼が債務者となつた。)及び同四一年一月二〇日付手形割引、継続的貸付各契約によつて生ずる債権を担保するために、原告山田及びきみと共に、その所有に係る土地及び建物に元本極度額一五〇万円及び一五〇〇万円の各根抵当権を設定し、かつ連帯保証人となつていた(右昭和四一年一月二〇日付契約については里見正も連帯保証人となつていた。)。

(二)  不二雄は、商工組合中央金庫と東特鋼との間の昭和三九年八月一一日付金融取引契約によつて生ずる債権を担保するために、きみと共に、その所有に係る土地及び建物に元本極度額四〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ連帯保証人となつていた(原告山田も連帯保証人となつていた。)。

(三)  不二雄は、川崎中小企業信用組合と東特鋼との間の昭和四四年二月六日付手形割引、金銭消費貸借及び当座貸付契約によつて生ずる債権を担保するために、原告山田及びきみと共に、その所有に係る土地及び建物に元本極度額八〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ連帯保証人となつていた。

(四)  原告ら及びきみは、右各根抵当権の元本極度額をもつて債務控除の対象とされるべき債務として本件各申告をした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定の事実によれば、不二雄は、東京産業信用金庫等に対し連帯保証債務を負担していたに過ぎないことが認められる。

これに対し、原告らは、東京産業信用金庫等との金融取引における実質上の債務者は不二雄であると主張し、<証拠略>中には、東特鋼が昭和三七年中に設立される以前において不二雄が個人として同一営業を行つていた際金融業者から資金借入れをしていたのであるが、有限会社東京特殊鋼製作所、ついで東特鋼が設立されて営業を引き継いだ際、右借入金債務も引継ぎの対象となつたものであり、その後昭和四一年一月頃になつて前記東京産業信用金庫からの借入金によつてこれを返済したとの経緯がある旨の供述がある。そうして、<証拠略>によれば、東特鋼の昭和三九年一二月一日から翌四〇年一一月三〇日までの事業年度分の法人税確定申告書に添付された第三回決算報告書には、個人からの借入金合計一二二五万円余が計上されているが、その翌事業年度の確定申告書添付の第四回決算報告書には、長期借入金が一二四〇万円余に増加している一方、貸付金も前事業年度の二三八万円余から金八一六万円余に増加し、そのうちの五〇〇万円余は社長貸付金とされていることが認められる。しかしながら、これのみでは、商工組合中央金庫及び川崎中小企業信用組合についてはもちろん、東京産業信用金庫に関しても、東特鋼のこれら金融機関に対する債務の実質上の債務者が不二雄であると認めるには足りないし、他にそのような事実を認めさせる証拠は存在しないから、原告のこの点に関する主張は採用できない。

3  次に原告らは、前記金融取引における主債務者が東特鋼であるとしても、東特鋼は本件相続開始時において実質的に弁済不能の状態にあつたので、不二雄の負担する連帯保証債務は債務控除の対象とすべき債務に該当すると主張する。

ところで、連帯保証債務についても、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、連帯保証人がその債務を履行しなければならない場合で、主たる債務者に求償して返還を受ける見込みがない場合には、主たる債務者が弁済不能の部分の金額については債務控除の対象とすることができると解されるところ、<証拠略>によれば、東特鋼は本件相続開始時の直前の昭和四四年一二月一日から同四五年一一月三〇日までの事業年度末において、資本金が二〇〇万円であるのに対し、繰越欠損金が一九二七万三八一三円であることが認められる(本件相続開始時において東特鋼が債務超過の状態にあつたことは当事者間に争いがない。)が、このことをもつて直ちに東特鋼が弁済不能の状態にあつたということはできないし、本件相続開始時において東特鋼に事業の閉鎖等の事態が生じたり、強制執行や会社更生等の申立てがされたりしたことがなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、東特鋼と東京産業信用金庫等との間の金融取引は、本件相続開始時の前後を通じて継続的に行われていたことが認められる。したがつて、東特鋼は本件相続開始時において弁済不能の状態になかつたものと認められる。よつて、原告らの右主張は失当である。

以上の次第であるから、本件各更正に原告ら主張の違法はなく、本件各更正を前提としてされた本件各決定にも違法はない。

三  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田耕三 菅原晴郎 杉山正己)

別表 <略>

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